『激闘!ソックスハンター』



「フフフフ。これで、小隊全員分の靴下をゲットですね」
比較的平和な4月上旬の午後。
プレハブ校舎の屋上で、中村と岩田のふたりは、ありとあらゆる手段で獲得 した危険な薫り漂う靴下の山を見つめていた。
「こいつをボスの所に持っていけば、俺たちにはたんまりと報酬が…」
何故か流暢な標準語を操りながら、中村は靴下の一つ一つを愛しそうに 物色する。ところが、ある赤い靴下を手に取ると、不意にその表情が訝
しげなものに変わった。
「どうしましたか?バトラー」
「……妙だな。何も匂わない」
「───どれ?」
差し出された赤い靴下に、岩田は己の鼻を近づける。本人たちはいた って真面目なのだが、第三者の目から見れば、そこはかとなく変態な行 為に違いなかった。
「…まるで新品の匂いですね。この赤い靴下は、どなたのものでした っけ?」
「たしか…来須の靴下だと思ったぞ。ヤツ直々に投げて寄越してもら ったものだから、良く覚えている」

隊員の靴下をゲットするには、ある程度力をつけた方が良いと考えた中 村は、決死の覚悟で士魂号のパイロットに部署換えをしていた。
ウォードレスが着られないので、機体が破損したら即死に繋がるのだが、 それでも靴下への執念がそれを上回った。
自分が強くなる事によって、他の実戦の学兵の生命も助かる (=靴下も入手できる) という訳で、気が付くと、アルガナ勲章まで上り詰めてしまった次第で ある。

「私は、てっきり彼はスニーカーソックスのような短いものを履いて いると思っておりましたが…どう見てもこれは、普通のスタンダード な靴下ですねぇ」
赤のソックスを手に取りながら、岩田は首を傾げる。
「しかも、何の匂いもしない。これじゃ、ただの新品の靴下だな」
「…もっとも、『ロボ』なら、たとえ新品でも喜んで持っていくので しょうけど」
今ここにいない新参のハンターである「ソックスロボ」に、ふたりは 思いを馳せる。
「───だが、このままにはしておけませんねぇ。ソックスハンター の名に賭けて、何としても彼の使用済み靴下を手に入れなければ」
「どうするんだ?」
「フフフ。私に考えがあります」
身体を奇妙なS字ラインの形にしながら、岩田は不敵に笑ってみせた。


「…話があるとばってん」
翌日の昼休み。中村は来須を昼食に誘った。
パラメーター上ではすでに「運命の友」の間柄なので、来須は断るは ずもなく、喜んで中村の提案を受け入れた。天気が良いので屋上で食 べよう、との言葉にも、何の疑問も持たずについてくる。
暫しの間、弁当をつつきながらの平和なランチタイムを過ごしていた が、不意に中村は手を止めると、対角に腰掛けている来須に向き直 った。
「───来須」
「…?」
表情の硬い中村の顔を、来須は不思議そうに見つめ返してきた。
疑う事のまるで知らない青い瞳に、中村は思わずうっ、と軽い罪悪感 に苛まれる。

『……ごめんな、来須。お前に近づいたのは、移動射撃のコマンドと 帽子が欲しかったからなんだよ。一緒に訓練して「降下」を貰っちま った時は、悪いが殺意を覚えたぞ。(無傷で勝ったけど)ヨーコさん を奪っちまった俺を、お前はそれでも「背中を任せられる」とか嬉し い事言ってくれたよな……ああ、そんなお前に俺はこれから、人とし て間違っている事をしなければならないなんて……(ちなみにこれは、 作者の中村プレイ中の実話という噂もある)』

「…どうした?気分でも悪いのか?」
突然黙り込んでしまった中村を、来須は心配そうに覗き込む。
何も知らずに自分を気遣う彼に、中村は己の使命と、曲がりなりにも 芽生えた友情との狭間に立たされている自分を意識していた。
「い、いや…なんもなかと。それよか来須、頼みがあるとばってん」
「何だ」
「あ…いや、それが…その……」
ポケットの中に忍ばせた来須の赤い靴下を、後ろ手にモゾモゾさせな がら、中村はどう話を切りだしたら良いものか、考えあぐねていた。

『い…言えん(汗)。俺には「この靴下を履いて、そしてまた脱いで 寄越してくれないか」なんて、やっぱり言えん!』

「───中村?」
明らかに様子のおかしい中村に、再度来須は声を掛けた。中村は弾かれ たように立ち上がると、
「…わりぃ!やっぱ、なんでもなかと!」
その身幅の割りに妙に素早い動作で来須から離れた。そのまま、すた こらと背を向けながら屋上の階段へと足を急がせる。

「───ちょぉっと待ったぁ!」

階段に踏み出された中村の足を、長い爪に包まれた細い手が鷲掴みにした。
突然の事に、中村はぎゃっ、と悲鳴を上げる。
「フフフフフ。そうは問屋が卸しませんよ」
「…あぶねーな!落ちたらどうすんだよ!」
「だまらっしゃい!心配だと思って来てみれば案の定、使命も果たせずにケ ツをまくるなど、ハンターとして許されると思っているのですか?」
「……?」
バックに妙なオーラ(それとも狩り続けた靴下の異臭?)を放ちながら、 岩田が中村に凄んできた。
状況がまったく飲み込めていない来須は、呆然とその場に立ち尽くす。
「…こうなったら、実力行使しかないようですねぇ」
ぐるん、ひとつ大きく身体を回すと、岩田はニヤリと口元を綻ばせな がら来須を見た。何処から見ても怪しい目つきに、来須は無意識に後 ずさる。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。大人しくしていれば、痛い目 には遭わせませんから」
「…何のつもりだ」
張り付いたような岩田の声に、来須は生理的嫌悪から更に一歩後ろ にさがった。
「フフフフ。それはですねぇ……」
「───来須、逃げろ!逃げてくれ!」
「こうするのですよぉ!」
懸命に叫ぶ中村から強引に靴下を奪い取ると、岩田は意外に長い脚を振 り上げて、中村を階段から突き落とした。

「どわあああああっ!」
「中村!」
派手な音を立てて階段を転がり落ちていく中村を、来須は慌てて追 いかけようとしたが、
「おっと、あなたは行かせませんよ。…タイガー!ロボ! やーっておしまい!
岩田の掛け声と共に、来須の前にふたつの影が立ちはだかった。
「…遠坂…滝川……?」
見覚えのある人影に、来須は思わず足を止める。だが、彼の前に立 つふたりは、いつもとは違う目つきで来須を見返してきた。
「気は進まないのですが、これも愛する靴下の為です。どうかお覚 悟を」
「先輩…本当にすいません。でも、これだけは譲れません!勘弁し て下さい!」
一体何をだ、と来須が聞き返す暇もなく、遠坂と滝川は、いつもの 彼らとはとても思えないほどの身のこなしで、来須に襲い掛かって きた。


屈強のスカウトといえども、複数のソックスハンターに囲まれては、 多勢に無勢であった。いくばくかの抵抗も虚しく、プレハブの屋根 に身体を押し付けられた来須は、「ソックスタイガー」と「ソック スロボ」の手によって、履いていた靴を脱がされてしまう。
「クククク…イィですねぇ。『5121スカウトの双璧』であるあなた にムリヤリ、このワタシが靴下を履かせる。そして匂いがついた所 で再び脱がす!……ああ!何て背徳的なんでしょう?」
先程中村から強奪した来須の靴下に、岩田はうっとりと頬擦りをし た。
「───いい加減にしろ」

怒りに身体を震わせながら、来須は己の身体の自由を奪う遠坂たち から懸命に逃れようともがく。
「あなたも、諦めの悪い人ですねぇ。ちょっと靴下履いて、脱ぐだ けじゃないですか?」
「…何故、俺がそんな事をしなければならないんだ」
「───ワタシたちの幸福の為です」
岩田は、自分の目の高さまで靴下を持ち上げると、禍々しいピアス のついた己の舌で、ひと舐めした。
まるで自分が陵辱されたような気分になった来須は、全身に悪寒が 駆け抜けていくのを感じた。
「……さあ、覚悟はできましたか?」
すっかり犯されてしまった靴下を手に、岩田は来須の足元に近づい てきた。いそいそと来須の素足に靴下を履かせようとするが、あく まで拒絶を繰り返す来須の足が、それを許さない。
「…チッ、仕方ないですね。……ロボ!」
「うぃーす」
岩田の声に、それまで来須の両手を拘束していた滝川が、すっと来 須の肩口に顔を近づけた。
「───先輩…ホントにすいません。オレも、出来ればこれだけは 使いたくなかったんです」
心底申し訳なさそうに、滝川は傍らの来須に囁いたが、彼が次に取 った行動は、とても先輩に対する態度とはかけ離れたものであった。

ふぅっ。

「!」
耳元に吹きかけられた「生暖かい息」に、来須はびくりと身体を震 わせた。途端にそれまでの抵抗が弱々しいものになる。
「ククク。イィですよ、ロボ。そのまま来須君を封じていて下さい」
嬉々として呟きながら、岩田は黙々と作業を続けていた。来須の右 足に靴下を滑り込ませ、次いで反対の脚にも手を掛ける。
「…っ…滝…川……やめろ……」
「後で、オレのこと何発でも殴っていいっスから、今だけは大人しく してて下さい」
耐え難い感覚に息を荒げる来須に、それでも滝川は追随の手を緩めな かった。耳元から首筋へ、息を吹きかけ続ける。新たな感覚に、来須 の身体が跳ね上がった。

「…何だか、茨道のような展開ですね」
来須の脚を押さえていた遠坂が、目の前の異様な光景にのんびりとコ メントを述べる。
「こんな濡れ場(?)、一体誰が見て喜ぶというのでしょうか?少な くとも、某カップリングを推奨している方たちから、苦情が殺到する 事間違いなしですよ」
「…いいんですよ、ギャグなんですから。もっとも、電波のお告げで は、作者は密かにアングラでこのカップルを狙っているようですけれ ど」 (作者註:某カップリングも好きですよ)
「──それは、又趣味の悪い」
遠坂の返事をよそに、岩田は、ふたつの足に収まった赤い靴下を満足 そうに見下ろした。
そして、「使用済み靴下」となったそれを脱がすべく、もう一度来須 の足に手を掛ける。
だが、靴下の端を掴んだ来須がそれを妨げた。うっすらと頬を上気さ せながら、それでも己の最後の力を振り絞って、懸命に堪えようとし ている。

「…フフフ。流石ですねぇ。まだそんな力が残っていたとは……」
三白眼をキラリと光らせながら、岩田は荒い呼吸を繰り返す来須に 視線を移す。
「ならば、こちらも手加減は無用ですよぉ!…ロボ!」
何度目かの掛け声に、滝川は再度息を吸い込むと、来須の背後に顔を 寄せる。
ところが、滝川が息を吐こうと口を開きかけた時、来須が激しく抵抗 した。バランスを崩した滝川が、そのまま来須の耳元へと倒れこんで くる。
その結果、

かぷっ♥

皮肉な事に、滝川の唇が来須の耳たぶにしっかりと挟まってしまった。
強烈過ぎる感覚に来須は短く声を上げると、完全に脱力してしまった。
それまで強張っていた身体が、ゆるゆると弛緩していく。
力なく横たわる裸足の来須を、岩田は勝利者の表情を浮かべながら見下ろ した。
「…敵ながら、あっぱれでした。だが、しかぁし!どのような靴下でも確 実に手中に収める!それがワタシたちソックスハンターなのですよぉ!」
使用済みとなった「来須の靴下」を手に、岩田は高笑いをした。
そしてその場で3回転ほどターンを決めると、独特のステップを踏みながら、 屋上を後にする。
「先輩…マジですんませんでした……」
「それではごきげんよう」
それに続いて、滝川と遠坂のふたりも踵を返した。残された来須は、引っく り返ったまま暫しの間呆然としていたが、やがて身体を起こすと、

「…ケダモノ……」
低く唸るような声で、呪詛の言葉を呟いた。



無事(?)に5121小隊全員の「使用済み靴下」を入手したソックスハンターた ちが、その後どうなったのかは誰も知らない。

ただ、判っているのは、中村が謎の全身打撲で整備員に配属し直した事と、 原因不明の高熱を出した来須が、2日ほど学校を休んだ事だけである。



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